名古屋仏壇(なごやぶつだん)は、あつい仏教信仰に支えられ、早くから仏壇作りの技が育っていたこの地方で生まれました。 江戸時代初期にはすでに専門店が存在しており、これら大問屋は株仲間を形成し、職人集団として技を磨き、伝統的な技術・技法を育んで来ました。
明治の初めには組合が作られ、全国各地で開かれた産業博覧会等に名古屋仏壇は出品されました。そのことによって商圏を拡大し、大きな産地として成長ました。
現在では二百数十を数える事業所が存在し、多くの伝統工芸士によって仏壇が作られています。